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代々木上原

散歩コース 柴又駅から

東京千代田線金町より
  京成金町線柴又駅下車
    
柴又ハイカラ横丁
    
帝釈天参道入る
   ⇓
高木屋老舗
    
料亭川千屋
    
柴又帝釈天題経寺
   ⇓
山本亭
   ⇓
料亭川甚
    
葛飾柴又
  寅さん記念館
   ⇓
矢切りの渡し

 江戸川河川敷
 葛飾柴又公園

   
柴又駅

散歩時間
11:40柴又駅前出発
18:00柴又駅到着

葛飾柴又界隈
(画像クリックすると大きくなります)
柴又駅への交通手段は何通りも
あるが、私は西日暮里から
東京メトロ千代田線で金町駅
で乗り換え、京成金町線で1つ目の
柴又駅で降りた。

約30分・運賃は380円

柴又駅改札口を出て駅前広場へ
出ると迎えてくれるのが
フーテンの寅さんの像
寅さん像

【男はつらいよ】
寅さんが旅に出る時に、妹のさくらが
柴又駅まで見送る場面
「じゃいってくるよ」と
振り向いている情景だそうだ。
私には、よう、良く来たなぁ
と出迎えてくれてるようだった。

柴又ハイカラ横丁

柴又駅前広場に1999年(平成11年)
に建てられた。

旅に出ようとする寅さんを、
妹のさくらが呼び止めた時に、
振り返った姿だそうだ。

この日は連休の続く日曜日
寅さんに群がって記念写真を
撮る人が尽きず、四苦八苦

「この写真は、日もかなり沈みかけた
ころ・・って、今日は曇り空でしたが、
人影もまばらになりつつあり、しっかり
と足もとまで写す事が出来た。」

フーテンの寅さんに挨拶して右側を
見るとすぐそこに
帝釈天参道がみえる。

駄菓子やおもちゃのなつかしいお店
おもちゃ博物館
撮影は、撮りづらくて遠慮してしまいました。
上記にて丁寧に紹介しています。


漫画原作家の黒沢哲哉さんが、子供の頃柴又の
駄菓子屋や玩具店、露店等で買い集めた数多くの
コレクションを、柴又帝釈天を訪れる親子に見てもらい、
昭和の下町葛飾のおもちゃ文化を伝えたいという
趣旨から彼にご協力を頂き開館されたそうです。
帝釈天参道の入口付近に位置して
いる柴又ハイカラ横丁の
「おもちゃ博物館」

ここ葛飾区はおもちゃの街だ
という事を知っていましたか。

おもちゃ箱に記されているおもちゃ
メーカーの名は、殆ど葛飾区です。
おもちゃ工場も大変多かったそうです。

昭和の下町が再現されていて昔
(昭和30年頃)子供だった人には、
懐かしい思いがわき出てくるだろう
品々でした。

懐かしい駄菓子やおもちゃ、
プロマイド等
(私は吉永小百合や松島トモ子、
小鳩くるみ、そしてなぜか高田幸吉
のファン、プロマイドを集めた思い出
が有ります。)
レトロな品々がいっぱいです。

ピンボールや射的コーナーも

薄暗くなっていて、夜店の雰囲気も
味わえます。
帝釈天参道









      
おもちゃ博物館で、しばしレトロな雰囲気を
味わってから、帝釈天の山門を目指して
帝釈天参道をくぐりました。

浅草と似た雰囲気で、お団子屋さんをはじめ
川魚やうなぎ料理の料亭、焼きたておせんべい屋、
漬物屋、民芸品・お土産屋等々、賑やかな街並み
特に今日は日曜日で更に賑わっていたようです。

食べ歩きも楽しそう!
きゅうりの串刺し、こんにゃく、醤油団子、のり団子
あんこの草だんご、せんべいなど、1串、1枚OKです。


クリックしてね(^^♪
帝釈天参道
高木屋老舗




寅さんの映画で、実家となった高木屋さん

高木屋さんと草だんごは有名になりました。
お米は特選コシヒカリ、
筑波山麓の清らかな空気と水で
育ったよもぎ、あんこは北海道十勝産の
小豆、と添加物を一切使わないで
仕上げてあるそうです。
乾燥よもぎも置いてありました(非売品)
珍しいですね。

お土産に買ってきた草だんご、
あんこも余るぐらい入れてくれました。

おやつ量を通り越し、ご飯変わりに
たらふく頂きました。(o^-^o)

店内では山田洋二監督や
歴代のマドンナ達の写真も
たくさん見られますよ。
料亭川千屋





























      



      
たくさんの有名人も訪れたという川千家

淡島千景や加藤大介主演の
獅子文六作「大番」の映画化で
川千家の座敷が撮影に使われたという。


市川猿之助さん・元横綱・曙太郎さん
ボブ・サップさんと関根勤さん 等々

寅さんの「男はつらいよ」の撮影にも
川千家は登場しています。


川千家を訪れた有名人







エネルギーの補給が出来たところで
いよいよお寺詣りへ出発
江戸時代から続いている名物
川魚料理は絶品という。

農夫婦が副業として川魚のお店
を開いてから、なんと250年も
続いているそうです。

柴又の掘割では、昭和30年頃
まで、うなぎがたくさん取れた
といわれている。
ここで料理されているうなぎは
どこで取れるのかな~。
もちろん柴又掘割?

昼食は川千家でと思ったが、
残念ながら数人並んでいた。

我慢の出来ない我々は
比較的空いてそうなお店を探す
ことになった。

少々戻ると川魚料理たなかやが
すぐ入れた。
参道には、川魚料理の老舗も
数多く軒を連ねている。

このように混雑している日は
味わっている状況では無いと
思うが価格の割に味は
もひとつだった。

ランチ用ウナギ定食が
2500~3500円という。

お財布がさびしい人は、
食べ歩きもまた楽しそうだったよ。
縁台も有るし体験してみては
柴又帝釈天題経寺(画像をクリック)

釈迦堂

柴又帝釈天題経寺
瑞龍の松

御神水


大鐘楼
帝釈天境内案内図  

以下は境内の建造物や庭園です。
興味のある方は案内図よりどうぞ

1・二天門・・参道をまっすぐ行くと真正面に

2.帝釈堂・・門を潜って石畳をゆくと正面に
        彫刻作品とともに無類の文化財

3.喜見城・・帝釈天の居城

4.邃渓園(すいけいえん)・回遊式日本庭園

5.本堂(祖師堂)・・古くから帝釈堂として、
  江戸の信心を集めていた建造物でしたが、
  明治になって、現在の帝釈堂を造り上げて
  移しました。

6.釈迦堂(開山堂)・・当山最古の建造物

帝釈天は、古い記録によると文化文政(1803~
1829年)の頃 正面の小さな二天門を潜って
石畳を進むと突き当たりに六間四面の本堂、
お堂の前には瑞龍の松、その右に祖師堂、
左に庫裡があったと言われています。

お堂の前の瑞龍の松は見事でしたよ。
大きい画像で見て!

帝釈天はインド最古の聖典である
『リグ・ヴェーダ』の中で
最も多くの賛歌を捧げられている
軍神・武勇神インドラと呼ばれる
重要な神さまだそうです。

難しい説話は省略して、下記へお任せします。


帝釈天・四天王寺

荒々しい神様だった帝釈天ですが、
仏陀の教えを聞いてからは、柔和で
慈悲に富み、真実を語り、正法に従う
正しい神さまに変身されたようです。

人間界をいつも監視しています。

★貧しい人に施しをするかどうか
★衆生が殺生、盗み、妄語等を為さないか
★父母に孝順であるか、師長を尊敬するか

どこかでいつも見られていますよ。
行いを慎み、見返りを期待せず
人の喜ぶ事をやりましょうね。
そうしたら自分にも幸せがやってきます。

と自分に問いかけています。(^^♪
邃渓園(すいけいえん)

木で作られた回廊式になっていて、写真のように
ぐるりと一回り出来ます。疲れた体を、しばし癒してくれました。

江戸最後の名庭と言われています。

邃渓園の名の由来は、庭園の滝の風情が幽邃で
もの静かである事から名付けられました。

昭和40年、関東の高名な造園師である永井楽山翁
による作です。楽山翁は戦前よりこの庭園を手掛け、
92歳で没するまで心血をそそいだそうです。

拝観料:庭園・彫刻ギャラリー共通

大人400円 子供(小・中学生)200円
団体20名以上は半額となっています。

因みに、高齢者割引は無いと言われてしまいました。
私では有りませんよ。。。
帝釈堂の木彫
境内の中の「帝釈堂の木彫についてから参照しました。

帝釈堂の内外には、数多くの木彫がほどこされているが、特に帝釈堂内陣の外側にある、
十枚の胴羽目彫刻は仏教経典の中でも最も有名な「法華経」の説話を選び出して彫刻したものである。

この法華経説話彫刻は、当山第十六世観明院日済上人の発願になるもので、篤信者鈴木源次朗氏の
丹精協力を得て、大正末期より昭和九年に至る十数年の歳月を費して完成したものである。

因みに大正十一年、まず加藤寅之助師が「法師守護の図」を完成したが、師の発案によって
残りの九枚を東京在住の名人彫刻師に依頼することが決り、大きな欅(けやき)の彫刻材が各師のもとに
運び込まれた。 しかるに 大正十二年、折からの関東大震災に遭って彫刻材を焼失したのである。
そこで新ためて、欅の彫刻材を全国に求め、昭和初年ようやく巨大な欅材を得て、
本格的な彫刻工事が始められたのである。従って、得難い彫刻材と言い、木彫技術の点についても
希有なもので、文化財的価値の極めて高いものである

法華経説話彫刻を中心に堂の最上段には「十二支の図」その下には「天人図」「説話彫劇図」「千羽鶴図」
階下には「花鳥図」最下段には「亀図」が彫刻されている。
作者は複数の彫刻師によって刻まれたが、ことに「千羽鶴図」「花鳥図」「亀図」等は、千葉県鴨川出身の名人
高石仙蔵師の彫りに成るものである。

従来、木彫りは、風雨塵埃にさらされ、金網等があり鑑賞しにくかったので、この度、堂周りに、
新たに廻廊をめぐらし、総ガラス張りの「彫刻ギャラリー」を完成したのである。
願くは参詣各位において充分に鑑賞されることを望むものである。

平成三年春
柴又帝釈天題経寺第十八世  望月日翔

参考:独特の構図をした彫刻下絵は,法華経の絵解きの図を参考にして、高山英洲師が描いたものです。
   板はふすま大の欅材です。
   縦巾4尺2寸(1.27m)
   横巾7尺5寸(2,27m)
   厚さ20cm


素晴らしく高貴な作品を鑑賞する事が出来、心が洗われた感じがしました。
彫刻の図の解説を読みながら鑑賞されると、ずっと素晴らしさが増しますよ。

これまで大切にされてきたように、今後も後世に大事に残して行って欲しいものです。
ひと彫りひと彫りみごとですが、お掃除はどうされているのかな、なんてちょっと心配になりました。

山本亭
山本亭は実業家の山本栄之助氏の自宅でした。
昭和63年3月14日に葛飾区が取得したものです。
平成3年4月から一般公開されました。

和洋折衷の建物と純和風の庭園が見事に調和した
大正ロマンの建築です。

友人が、「私の居宅の方が素晴らしいと思うよ」って
言いますので、ここは見学を止め、次回は拝観料
サービスで友人のご自宅を拝見する事にしました。
楽しみです??

因みに厚かましくパンフレットは頂いてきましたので
山本亭の魅力を少々述べておきましょう。
★居宅

★主庭

★長屋門

★鳳凰のま

★土蔵

★茶室

見学で疲れたら「カフェ山本亭で一休み
抹茶・ぜんざい・コーヒー・ラムネ
夏には、ところてんや冷やし抹茶
冬には、甘茶・お雑煮

庭園を眺めながらゆったりした時間を
お過ごしください。

どれも500円・拝観料は100円でした。


山本亭の門のところで、柴又駅を
尋ねられていた人がいた。
困っていたので、始めてきた来た街で、
方向音痴の私が教えてあげた。
無事着いたかなとちょっと心配になった。

いよいよ終着駅の寅さん記念館へと
足を運ぶ。そろそろ足もぐずり出してきた。

【建物】

建物は木造2階建て
(1階120坪、2階15坪、地下防空壕、土蔵、長屋門)

【庭園】

庭園は270坪有り、縁先の近くには池泉
背後には緑濃い植込みと築山、そこへ滝を落とす
昭和初期における庭園様式である書院庭園

【滝】

滝は池の最も遠い部分の入江奥に設けられている。
庭園に奥行の深さと清々しい滝の音を作り出してる

限られた池水面をより広く見せる為、池の諸方向に
入江を設け、池岸を多様に変化させている。

【日本庭園ランキング3位】

米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニ
ーズガーデニング」より
日本庭園ランキング調査で2004年~2006年の3年
連続3位であった

寅さん記念館(クリックして~!)
寅さん記念館入り口
寅さん
看板取り付け中
寅さんの雪駄
帝釈天参道
町並み
神社
山本亭から江戸川河川敷方向へ歩いてゆくと、
高級料亭並みの建物に出くわした。料亭川甚だった。

参道とはかなり外れた河川敷に近い位置にある。意外だった。

河川敷の土手側からもエレベーターや階段が有り、
柴又公園側から寅さん記念館の入口まで行ける


入場料:一般500円・児童生徒300円・シルバー400円
★寅さん記念館入り口の右上を見て下さい。ホラ、寅さんが最後の看板「館」
  という文字を取り付けていますよ。落ちなきゃいいんだけどと思って下を
  見ると寅さんの片方の雪駄が落ちていました。

★昭和30年代の下町風情あふれる帝釈天参道の街並みを再現しています。
  遠近法を用いた見事なまでに精巧な模型です。懐かしい~って、あまり
  覚えていないけど生まれていたのは
確実!!!

★壁面に歴代のマドンナ達が全員集合しています。
  登場シーンの映像も有りますよ。
★寅さんの実家くるまやの模型

人道鉄道の模型もしっかりと動いて
  いましたよ。人の力でね。

  昭和から大正にかけて金町から柴又間を
  帝釈天への参拝客を運びました


寅さんと一緒に記念写真が撮れます。
 日本中でここだけです。一生の記念にどうぞ!
記念館にお別れをして、出てくると
イベント会場の様な部屋があったので
しばし椅子を借りて顔を伏せて座っていた。

誰か顔を覗いている気配に顔をあげると
なんと寅さんがいるではないか。
一瞬何が起こったのか戸惑ってしまった。

予期せぬ寅さんショーが始まったのだった。
声も姿もそっくりの小寅さん(背が低いゆえ)

今4人の寅さんがいるそうだ。
昭和17年生まれの歌の上手な元気印の小寅さん
新宿の何某劇場で活躍しているそうです。

2代目小寅さんいつまでもお元気で
寅さんファンを楽しませて下さいね。

  まだまだ寅さんのメモリアルコーナー等
  盛りだくさん「男はつらいよ」の世界を
  楽しんでください。


入場券とパンフレット
矢切りの渡し(柴又公園)江戸川河川敷
江戸川河川敷
「今こうして、江戸川の土堤に立って生まれ故郷を眺めておりますと、
何やらこの胸の奥がぽっぽとほてってくるような気がいたします。」


「男はつらいよ」の寅さんの実家へ帰ってきた時のセリフです。

少々曇り空でしたが、それが幸いしてひんやりとしたやわらかく清々しい
風に吹かれながら、日が沈む5:00近くまで過ごしました。

通り雨が降った今日は、芝生が湿っていたので、土手に座る事は
少々勇気がいりましたし、少ないながらベンチも有りましたので、
助かりました。

江戸川の川べりを、ボーっと眺めていると、2艘のボートが丁度、
左岸と右岸へ行き交う場面でした。
カメラを取り出す頃は、かなり離れてしまいましたが、
意外とスピードが有るのですねぇ。

矢切の渡しは、都内に残る唯一の渡し場となりました。
手漕ぎの和船が対岸の松戸市下矢切との間を往復しています。

歴史は省略するとして、江戸時代初期に徳川幕府が定船場として指定した
この矢切の渡しが利用されたのは、主に近郊の農民が対岸の農耕地に
渡るためでした。

伊藤左千夫の小説『野菊の墓』に登場したり、歌謡曲『矢切の渡し』の
大ヒットにより一躍有名になりましたね。


柴又駅の左側のコーヒー店で一休み!この地に似つかわしくない
ブレンドコーヒー600円の高級珈琲店でした。

とはいえ、牛乳を飲むような分厚いカップ特大です。
飲みきれず残しましたが、さすがに高級店若い店員さんが、ドアのところで
送ってくれました。気持ちよく帰って頂く料金も含まれていたのね。

連休の1日を誘ってくれた友人のお陰で、
楽しい思い出の日に出来ました。感謝!
川べりには、さつきが7部咲きぐらいに
なっていました。

夕方でしたので、人もまばらでしたが、
近くの小さな子ども達でしょうか、
走り回っていました。
美味しい空気をたっぷり吸って
表参道へ戻る事にしました。

時計を見て、現実に戻ると、お団子屋さんが
閉まってしまうのでは、と心配になりました。

・・まったく~!花より団子でした。

表参道へ戻ると、普通のにぎわいに
なっていました。
帝釈天参道は、平日もにぎやかだそうですよ。

お団子を1串買って、お土産の草だんごも
買って安心しました。

気が抜けたせいか、お釣りを貰って
数歩進んだところで呼び止められました。
草だんごを忘れるところでした。






反省
昨年以来、久しぶりの散歩で気持ちがよかった。
歩数的には、少なかった為か足が釣る事もなく家路についた。
河川敷で座っている時間の方が長かったのかな。。。

しかし、普段自転車ばかりの移動のみ。鍛えなくちゃ・・といつもながらの反省

日曜日・連休とあってか、かなりの人出の為、写真撮影が思うようにいかなかった。
見知らぬ人を無断で公開してはルール違反ですからね。男性がかすかに映ってたりもしていますが
ボケてたりもしていますので、良しとしましょう。

晴れた日の江戸川河川敷でお弁当を広げるのも、楽しいかも知れません。
日焼けには気をつけましょう。日傘持参にしましょうか。

おつかれさま~!